「遺言書(いごんしょ・ゆいごんしょ)」と聞くと、「うちは書かなくても大丈夫」「まだ早い」と思われがちです。
しかし実際には、「書かなくて大丈夫」となかなか言いきれない現実がありますし、遺言書は健康なうちに早めに書いておいた方がよいものです。
今回は、遺言書の基本的な概要や書ける条件(遺言能力)を整理した上で、なぜ元気なうちに準備を始めるべきなのかをわかりやすく解説します。
遺言書とは?(どのようなことを書くのか)
遺言書とは、自分の亡き後、所有している財産を「誰に・どのように引き継ぐか」という意思を書き残し、法的な効力を持たせる文書のことです。
具体的には、以下のような内容を法的に指定できます。
- 財産の具体的な分け方: 「自宅の土地と建物は妻に、預貯金は長男に」などの指定
- 法定相続人以外への財産授与: 長男の妻や、お孫さん、お世話になった人への財産の遺贈
- 事業や資産の集約: 家業や重要な資産を特定の後継者に集中して引き継がせる指定
- 遺言執行者の指定:遺言で定めたとおりに財産を分配する作業を行う人の指定
- 家族への想い(付言事項): 感謝の言葉や、なぜそのような分け方にしたのかという理由の記載
もし遺言書がない場合、残された法定相続人(亡くなった人の財産を相続できる権利のある人)は全員で「遺産分割協議」という話し合いを行い、預貯金の解約や名義変更を進めなければなりません。この話し合いが原因で、これまで仲の良かった家族同士が対立してしまうケースは後を絶ちません。
遺言書をあらかじめ作成しておくことで、ご家族による遺産分割協議を不要にし、残された方の不必要な手間と争いを防ぐことができます。
遺言書の種類(3つの形式)
個人が作成できる一般的な遺言書には、主に以下の3つの種類があります。
- 自筆証書遺言: 全文を自分自身で手書きして作成する形式
- 公正証書遺言: 公証役場で公証人と証人の立ち会いのもと作成する形式
- 秘密証書遺言: 内容を秘密にしたまま存在のみを証明してもらう形式
「自分にはどの形式が合っているのか」「それぞれのメリット・デメリットを詳しく知りたい」という方は、以下の解説記事をご覧ください。

遺言書を書くための条件(15歳以上+意思能力)
遺言書は、いつでも誰でも好きに書けるわけではありません。法律(民法)により、作成できる条件が定められています。
① 15歳以上であること
民法第961条により、遺言は「15歳に達した者」であれば作成することができます。成人の判断(18歳)とは異なり、未成年であっても15歳以上であれば親権者の同意なしに単独で遺言書を作成できます。
② 遺言をするために必要な行為の結果を弁識・判断しうるに足る意思能力があること
見出しは難しい言葉が並びましたが、「自分の行う遺言の内容や、それによってどのような法的な結果が生じるかを正しく理解・判断できる能力」があることです。
どれだけ高齢であっても、この意思能力がしっかりと維持されていれば有効な遺言書を作成できます。
しかし、認知症が進行したり、病気や事故でこのような意思能力が著しく低下してしまった状態では、法律上「遺言能力がない」とみなされます。その状態で作成された遺言書は、後から裁判などで無効と判断される可能性が高くなります。
「うちは書かなくても大丈夫」と考える危うさ
「うちは財産なんてほとんどないから書かなくていい」
「うちの家族は仲がいいから大丈夫」
とてもよく聞く言葉ですが、本当にそうでしょうか。
遺産分割争いの実態
分割で争いになったとき、その財産額がいくらだったのかというデータがあります。
| 総数 | 1,000万円以下 | 5,000万円以下 | 1億円以下 | 5億円以下 | 5億円超 | 算定不能・不詳 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 7,974 | 2,835 | 3,373 | 949 | 546 | 51 | 220 |
| 100.0% | 35.6% | 42.3% | 11.9% | 6.8% | 0.6% | 2.8% |
<引用>
令和6年 司法統計年報 3 家事編, p58, 表 遺産分割事件のうち認容・調停成立件数 ― 審理期間別代理人弁護士の関与の有無及び遺産の価額別―全家庭裁判所

このデータからわかるのは、遺産分割で生じた争いのうち、財産額1,000万円以下のものが約3分の1を占めており、5,000万円以下のもので約8割を占めるということです。遺産を巡る争いというのは、決して一部の富裕層だけに関係した話ではないことが分かります。
そして、データに現れないのは、「裁判まではしていないが、遺産分割に不満を抱えている人もいる」ということです。裁判には時間もお金も手間もかかりますので、遺産分割に不満があるすべての人が裁判を起こすわけではありません。不満はあるけれど、関係性を壊したくないからと我慢する人がいることは、容易に想像がつくと思います。
「仲のいい家族」の中心にあなたがいませんか
確かに、今現在は家族の仲が良く、トラブルなど想像もつかないかもしれません。しかし、「あなた」がいなくなった後の世界でも、その関係性がまったく同じように続くという保証はあるでしょうか。実は、これまで家族が良好な関係を保てていたのは、「あなた」という存在が中心にいることで、家族間のクッションや中心軸としての役割を果たしていたから、というケースが非常に多いのです。中心人物が失われた瞬間、これまで表面化していなかった小さな価値観のズレや、それぞれの生活背景の違いが一気に露呈することがあります。
さらに見落とされがちなのが、「残された子どもたちそれぞれの配偶者や家族」の存在です。相続が始まると、当事者同士だけではなく、それぞれの「配偶者の意見」や「将来の生活不安」が出てくる場面がどうしても増えます。「お義父さん・お義母さんの介護を一番手伝ったのは自分たちだ」「子どもの学費がかかる時期だから主張すべきだ」といった周囲の事情が絡み合うことで、どれだけ仲の良かったきょうだいであっても、意見が対立してしまう現実に繋がります。「仲が良いから大丈夫」と過信せず、自分が元気なうちに遺言書という明確な道標を残しておくことこそが、本当の意味で大切な家族の絆を最後まで守り抜く優しさになります。
元気なうちに遺言書を整えるべき理由
では、遺言書を書くとしたらいつ書いた方がよいのか。それは元気なうちに余裕をもって書いたほうがよいです。
医療の現場で見てきた「突然の遺言能力の喪失」
私は理学療法士(PT)として、病院で数多くのご高齢な方やそのご家族と向き合ってきました。
現場では、昨日まで元気に会話をし、ご自身の脚で歩かれていた方が、突然の病気やケガによって意思表示ができなくなる局面を何度も目にしてきました。
- 脳血管障害(脳梗塞や脳出血):言葉を発する・理解する能力が損なわれる場合がある。
- 転倒による大腿骨折などの手術、肺炎などの病気による入院: 入院や手術、環境の変化によるストレスから、急速に認知機能が低下する場合がある。
このような事態に陥り、遺言能力を失ってしまってからでは、有効な遺言書を書くことができません。
こうなると、亡くなられた後に遺された家族は遺産分割協議をしなくてはならないことになります。
なお、認知症の診断を受けたからといって、直ちに遺言書が一切作成できなくなるわけではありません。意思能力の有無は、医師の診断や当時の判断能力、遺言内容の複雑さなどを総合的に考慮して判断されます。『もう無理かもしれない』と自己判断で諦める前に専門家へご相談ください。ただし、以後能力に不安が出る前の早めの準備が大切です。
遺言書について準備をするには頭も体力を使う
有効な遺言書を遺せるかという観点だけでなく、遺言書を作るという作業自体のことを考えても、遺言書を書くなら元気なうちがいいです。
遺言書を作成するには、誰に何を渡すかという『決断の思考力(頭)』と、所有する不動産・預貯金・保険などをモレなく洗い出すための『資料収集の行動力(体力)』が必要です。高齢になり、身体的な衰えや疲労を感じやすくなってからでは、この財産調査と決断作業自体が大きな負担となってしまいます。体力が十分にあり、頭が冴えているうちに手をつけることが、結果としてご自身のストレスを最も減らす方法です。
まとめ
遺言書とは、単なる亡くなった後の財産の分け方を指定する事務的な文書ではなく、遺された家族をトラブルから守り、自分自身の人生の選択権を最後まで守り抜くためのものです。
遺産の争いが起きるかどうかに財産の多い少ないはあまり関係ありません。今は家族の仲が良くても安心はできません。どの家庭にも起こりうる、珍しくないことです。そして、遺言書を書くのであれば元気なうちがおすすめです。
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